新しくデジタルカメラを買って以来色々なものを映しているのだけど、
札幌市の地下鉄に新しいものが取り付けられたものを写してきた。
東京の地下鉄であれば、設置されていないところはまずないものだけど、
転落・人身事故防止のためのホームの保護ゲート。
ただ、東京の地下鉄にこのゲートがついていても、実際に人身事故は起こっている。
この種のゲートで防止することができるのは、不可抗力的な転落事故、
あるいは悪意を持った人がホームに人を突き落とすことによって起こる転落事故であって、
自殺を目的とした人身事故にはまったくもって機能しないと思ってよいだろう。
問題なのは、
転落・人身事故を本当に防止しようとおもうなら、
どうして天井までの自動ドア式にしないの?
東京ならば東西線のホームは天井までの自動ドア式だし、
ゆりかもめも完全に天井まで自動ドアで保護されているし、
横浜のシーサイドラインも天井までの自動ドア。
逆にこういう形で人の安全を考える装置を設置するのは中途半端にしか感じない。
「ゲートを設置して皆様の安全を考えました。」
考えられていない。これはあくまで体裁的なものにすぎない。
これが取り付けられたのを見たときに、人の命を救うためではなくて、
「人の安全が確保してやっているんだ、感謝しろよ君たち。」
という、偽善的な公共事業にしかまったく感じられない。
転落事故というのはそんなにそんなに頻繁に起こるものなのだろうか。
自殺を目的とした人身事故のほうが頻度の高さの可能性としては考えやすい。
日本は年間の自殺者が4万人を超えている。
ただ、自殺の危険因子を持った人にとって必要なことというのは、
ボロボロになった心の治療をすることであって、
「人身事故」をするという決断を適切な手段で断ち切ることだ。
本当に心がボロボロにやられてしまった人は、写真に写っているような簡単なゲートなら、
線路に身を乗り出して引かれることを選択するだろう。無意識のうちに。
人身事故でも自爆テロでもそうだけど、自分の命を犠牲にする決断をしているときは、
もう、その人の中にその人格はいない。確実に人格崩壊を犯している。
いくら、物理的な障壁を作ったところで彼らを救うことはできない。
自爆テロの場合も、かなりドラッグで精神的に高揚させた状態を作り出さないと、
自分の体にダイナマイトを巻きつけて飛び込むなんてことはできない。
異常なまでにハイな状態にメンタルレベルを歪めて結果として、殉教者の試みは成功する。
どうしても物理的に救うことにこだわるのであれば、
天井までの大きなゲートにしなければ、
物理的に救うということは遂行しきったことにならない。
ないよりはいいゲート。
ただ、これじゃあ人を救ったことにはならない。
他の自治体もやっているから、我々の自治体も。
程度の試みと感じてしまう。
非常に偽善的な気がしてしまった



中途半端な電車ホーム転落事故防止ゲートを設置することは正しいか。 へのコメント一覧
それから完全ホームゲートが設置されている地下鉄は南北線ですね。
で、南北線が東京の地下鉄では初めてホームゲートを設置されたんですが、その後設置されたのは全て腰あたりまでの高さのゲートです。
完全ホームゲートにしなかった理由としては、聞いた話ですが、コストの問題と、相互乗り入れしている地下鉄では統一できないからとのことみたいです。
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